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家具デザイナーになるには

家具デザイナーとは住空間に必要なあらゆる家具のデザインを行う人のことをいいます。
例えばテーブル、ソファ、タンス、クローゼットなど、生活に必要な家具はさまざまです。
家具デザイナーはこれらを設計から完成までのすべてに行程にかかわり、家具をプロデュースしていきます。
家具というものは家具のことだけを学んでも優れたデザインすることは難しいと言われます。
というのは、家具は常に空間の中で使われるものであり、生活に密着しているものだからです。
したがって、人間工学に基づいたデザイン理論や購買層のライフスタイル等の知識も必要です。
また、家具デザインはインテリア、建築などの空間デザインの知識も必要です。昔から優れた家具デザイナーには一流の建築家が多いことがそれを証明しています。
クライアントとの打ち合わせに応じて、インテリアデザイナー等とも協力しながら内装などにも関わる場合もあります。
家具デザイナーになるためには、素材、造形学、設計、パース作成、CAD操作などをはじめとする専門的な知識や実際に使えるスキルを身につける必要があります。
家具デザイナー養成スクールなどで、これらをしっかり習得するとよいでしょう。
日常に使う家具は、外見の美しさや斬新さだけでなく、使いやすいことが大切なポイントです。
また多くのスタッフと協力して仕事をすすめていくことになるため、コミュニケーション能力も求められます。

★家具デザイナーの仕事に就くには

通常大学で建築系の学び、あるいは専門学校などでデザイン科などの学びをし、家具メーカーに就職し、家具デザイナーになる。さらに、うまくいけば、フリーとして独立するという道のりが考えられます。
家具メーカー、インテリアデザイン事務所をはじめとした住空間、ハウジング、家具関連会社に就職をし、家具デザイナーとしてのキャリアを積むことが望ましいです。
多くの経験を積み重ねていくことによりフリーランスとして活躍できる可能性が高くなります。

★家具デザイナーとして有利な資格

あらゆる素材、設計、パース、CAD、造形学、色彩、デザインなど幅広い分に関しての専門知識やスキルが要求されます。
インテリア関連の資格があればさらに活躍の場が広がるでしょう。

★主な家具デザイナー

■Charles Eames(チャールズ イームズ)
イームズはセントルイスに生まれ、ワシントン大学では建築を学びました。
1936年には、ミシガンのクランブルックアートスクールのスカラーシップを取得し、その頃ハリー・ベルトイア、エーロ・サーリネン、そして生涯の伴侶となるレイ・カイザーと出会います。
レイとは1941年に結婚し、その後は2人で第二次世界大戦下、プライウッドの開発に没頭します。
ハーマン・ミラー社とも深く関わり合う一方で、映画監督、写真家としても活躍しました。

■George Nelson(ジョージ ネルソン)
1.何をつくるかが重要
2.デザインは会社の統合的部分
3.製品は正直であるべきである。
4.自分自身が何を作るかを決定すること
5.いいデザインは必ず売れるという5つがネルソンが20年間アートディレクターとして君臨したハーマンミラー社の理念でした。
コネチカットに生まれ、イェール大学を卒業したのち、何年間かローマに住みます。
彼はイームズと同様に、シンプルでエレガントに日常生活を演出するものを作り出しました。

■J.Hoffmann(ヨーゼフ ホフマン)
1870年~1956年ウィーンアカデミー在学中、ホフマンは偉大な建築家オットーワーグナーより学びました。
卒業後は、何度もイタリアへ渡り、イタリアのカントリーハウスなど様々なものから、感化を受けます。
彼が目指したものは、よりよい素材を求めて探し続けること、そして完璧なパフォーマンスの実現のために努力することでした。

■Le Corbusier(ル・コルビジェ) コルビュジェ、
本名チャールズ・エドワード・ジャンヌレは、スイスの時計作りで有名なショードフォンという町で生まれました。
彼は、強化コンクリートを使って家をつくり、その家を生活のための機械だと説きました。
機能主義的建築のパイオニアです。
1965年に地中海にて死去。
工芸学校にて彫版技術を学んだ後に建築事務所に勤める。
ドイツを経てパリへ、画家としても活躍。
1928年からは、パートナーのシャルロット・ペリアン、従弟のピエール・ジャンヌレと共に後世に残る歴史的な名作家具をデザインする。
コルビジェは、陳腐化してしまった近代建築に突破口を切り開き、20世紀の建築家にもっとも大きな影響を与えた人物の一人である。

■Verner Panton(ヴェルナー・パントン)
コペンハ-ゲン王立美術アカデミーで建築学を専攻し、1951年卒業。
1950~52年にはアルネ・ヤコプセン建築事務所でともに働く。
1955年に自身の建築デザイン事務所を設立。1960年、彼の代表作となる有名なプラスチック一体成型の椅子「パントンチェア」発表。
1998年、最後の作品としても知られる名作「ファントムチェア」を発表。
彼の作品は1960~70年代のデザイン界に大きな影響を与え、現在でも多くの人を魅了し続けているミッドセンチュリーを代表するデザイナーです。

■Isamu Noguchi(イサム ノグチ) 1904年~1989年
イサムノグチは、日本人の父、アメリカ人の母の間に生まれました。
幼少は日本で過ごしますが、14歳のときに母親のすすめでアメリカに渡ります。
30代の時には、中国へ度々渡り、書道・陶芸を研究し、そして日本へ来た際には、庭つくりについて研究しました。
ノグチは銅・大理石・木・花崗岩・紙・骨・ワイヤーなど多種多様な素材を使いました。

■Arne Jacobsen(アルネ・ヤコブセン)
デンマーク、コペンハーゲン生まれ。
1927年にデンマーク王立芸術アカデミーを卒業した、デンマークの建築・デザインの第一人者です。
在学中から複数の賞を受賞していた初期作品はバウハウスやル・コルビジェの影響を受けていましたが、その後、独自の家具デザインで国際的な名声を獲得。
使い手を第一に考えたアント(蟻)、エッグ(卵)、スワン(白鳥)の椅子は20世紀の後半50年を通じて世界で最も売れたデザイン名作家具の一つです。
建築では1956年から1961年にかけて作ったコペンハーゲンのロイヤルホテルにより、近代建築の巨匠に仲間入り。
このプロジェクトでは家具、照明器具、ナイフやフォーク、ガラス、ドアの取っ手まですべてをデザインしています。
1960年代には円や円筒、三角、立方体というベーシックなフォルムに興味が向かい、ユニークな食器も開発。
ジョージ・ジェンセン社のカトラリーは1968年の映画「2001年宇宙の旅」にも登場しました。
ヤコブセンの作品は、機能性においても国際的なデザイン・クラシックであると現在でも考えられています。

■Paul Kjaeholm(ポールケアホルム) 1929-1980年 
デンマーク コペンハーゲン生まれ。
若い時からその才能を発揮し鬼才と評されていたポール・ケアホルムはコペンハーゲン工芸大学を卒業後フリッツハンセン社に入社しましたがたった1年で退社しました。
1960年第12回ミラノトリエンナーレにおけるデンマークパビリオンで絶賛を浴びたポール・ケアホルムは1973年デンマークデザイン協会会長就任。
その後、コンパッソドーロ賞をはじめ数々の権威ある賞を受賞。それまで木の素材を主流としてきた北欧デザインの中で革やスチールといった素材を用いる革新的なデザインを試み、北欧デザイン界に大きな影響を与えたデザイナーの一人です。

■Eileen Gray(アイリーン グレイ) 1879年~1976年
アイルランドの裕福な芸術家筋の家庭に生まれ、1900年に彼女の父親が他界した時に彼女はすでに、ロンドンのアートスクールで2年の勉強を終了していました。
1902年には、フランスに渡り、絵そして、ラッカーアートについて学びました。
1926年から建築家として働きはじめ、様々な建築プロジェクトに関わり、コルビジェと共に仕事もしました。
50年代に入ると、グレイは視覚・聴覚が弱まっていく中でも、新素材を使った試験的なプロジェクトなどを続けました。

■Marcel Breuer(マルセル ブロイヤー) 1902年~1982年
ブロイヤーはハンガリーで生まれ、1920年から1924年にかけてワイマールのバウハウスに学ぶまで、ウィーンの建築事務所で働きました。
バウハウス卒業後は同校、家具ワークショップの学部長として教鞭をとりました。
その後、ベルリンで建築会社を設立したのち、1931年建築家として初めて仕事をすることとなるイギリスへ渡りました。
その後ハーバード大学のデザインスクールで教鞭をとり、1937年にはアメリカへ移住することになります。